戸沢正令関連エントリー

『篤姫』と新庄まつり

... 山車らしきものがでで、今のカタチに近くなったのは、 10代目・ 戸沢正令 の時らしい。 なんと、その正室・ 桃齢院貢子 は、薩摩・島津家からのお嫁入りだったらしい。 しかも、 名君・島津重豪 の娘。 ( 島津家家系図 参照のこと。 ...

『篤姫』と新庄まつり

戸澤土佐守正令『国体本義諸篇』(福井久藏撰輯 秘籍大名文庫)

... 拾遺傳 御曾支 tozawa_kokutaihongi.pdf 鈴屋翁の學風を慕ひ尊王の志の篤かつた戸澤正令侯の草稿中より、國體の本義、古道の發揮に關するもの十八篇を撰んで ... 「倭名義考」などは語学の書としてもよいだろうか。 『 戸沢正令侯と其著作』

戸澤土佐守正令『国体本義諸篇』(福井久藏撰輯 秘籍大名文庫)

福井久蔵『和歌連歌叢考』

... 松平大和守直矩の詠草 第九 南部重信の詠草 第十 水野越前守忠邦の常侍集 第十一 堀田正敦の水月詠藻 第十二 戸澤正令の和歌 附侯傳補遺 第十三 前田利保の清薫集 策十四 鍋島雲叟公の和歌 第五編 漢學者の和歌 第一 和漢 ...

福井久蔵『和歌連歌叢考』

最上川紀行 その4

... そんなお雛様の中には、10代目新庄藩主・戸沢正令の正室、桃齢院が、薩摩・島津家より輿入れしてきた際に一緒に持ってきたものもあります。 だから、飾りの中には、おなじみ島津家の家紋があったり。 功績のあった家臣には琉球人形が贈られたり。 ...

最上川紀行 その4

戸沢正令とは?

戸沢 正令(とざわ まさよし、文化 (元号) 文化10年1月2日 (旧暦) 1月2日(1813年2月2日) - 天保14年5月22日 (旧暦) 5月22日(1843年6月19日))は出羽国新庄藩の第10代藩主。父は第9代藩主・戸沢正胤。母は松平治昭の養女・伊与子。正室は島津重豪の養女・貢子。官位は能登国 能登守。側室に高山氏がいる。
1813年正月2日生まれ。幼名は千代鶴。1840年3月18日、父の隠居により家督を継ぎ、藩主となる。国学や和歌への知識が深い教養人であり、「稜威舎集」や「言葉の囚」、「日本書紀伝」、「倭魂」など多くの著作を残している。藩主としても有能で、窮乏化していた藩財政再建のために、これまでの古い制度を全て打破して新たな法律や人材による先進的な藩政改革を目指したが、その矢先である1843年5月22日、31歳の若さで死去した。後を子の戸沢正実が継いだ。

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